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BEATニッポン「かまどで炊いたご飯をもっと食べる 竈門神社のワークショップ 」

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 11月7日、パリから帰国したその足で、僕は子どもたちと一緒にワークショップに参加するために福岡の竈門(かまど)神社へ向かった。主催者は心游舎という。日本の伝統文化を子どもたちに体感してもらうことを目的に、寺子屋的なワークショップを全国で手がけている一般社団法人だ。ワークショップのタイトルは「神さまからのおくりもの」。この言葉から、何を思い浮かべるだろう?


 神様からのおくりもの

 ワークショップで定義した「おくりもの」の一つは、米だ。稲は、天候や土、水の条件が整って、はじめて実る。ひと粒の種もみは、実れば2000粒の米となり、人々の命をつなぎ、暮らしをうるおす。まさに天の神、地の神、水を与える山の神からの授かりものだ。米という字は「農家が八十八回手をかける」という意味があり、だから「決してご飯を残すな」と言われて育った日本人は多い。人がきちんと仕事をして、神さまの力を借り、それで得られる恵みなのだ。

 器もまた「おくりもの」の一つだ。有田の名窯・辻精磁社に作ってもらったワークショップオリジナルの真っ白なご飯茶碗が、子どもたち一人一人に配られた。磁器は陶石という石を砕いた粉を練り、それを高温で焼いて作る。集まった小学生30人に、この白い飯碗が何でできているのか質問してみた。すると、「粘土」「プラスチック」という答えがすぐに返ってきた。磁器が石からできていることを知っている子は少なく、それは保護者も同じだった。

 器もご飯も、自然のものを火で焼いて作るという点では共通している。

 釜の中に秋の新米と山の水を入れ、大相撲の土俵に使われるものと同じ土で固めたかまどにかける。天の神、地の神、山の神、火の神、米を育ててくれた農家への感謝を込め、二拝二拍手一拝し、祝詞を唱え、薪でかまどに火を入れた。子どもたちは初めこそ神妙な面持ちで火を見守っていたが、釜から湯気が吹き出てご飯の香りがただよい始めるとテンションがどんどん上がり、釜の蓋を開けた瞬間に最高潮に達した。つやつやの炊きたてご飯を、真っ白な飯碗に盛りつける。おかずは太宰府天満宮特製の梅干しのみ。それでも子どもたちは「うちのご飯と全然違う!」と口々に言い合い、8升の白飯は瞬く間に30人のおなかにおさまった。

 日本人の米に対する思いには、特別なものがある。田んぼの中の小高い場所に小さな森があり、その入り口に鳥居があるたたずまいは、日本の原風景そのものだ。それは奥山の神様が人里に降りてきたときの依代(よりしろ)で、豊作を願う日本人の自然への祈りの現れだ。

  このような自然に対する素朴な信仰は、6世紀に仏教が伝来した際に、それに対抗する形で初めて「神道」として日本人に意識された。そのとき信仰の対象を米としたことが、原始と変わらない祈りが現代まで生き延びる核となったように思う。8世紀に成立した古事記や日本書紀では、天照大御神が「人々が食べて生きていくもの」として稲を邇邇芸命(ににぎのみこと)に手渡したとされ、神の住まいとなる社(やしろ)は穀物倉をもとにした神明造りになった。もともとあった米への思いと神社は強く結びつき、ストイックな悟りや全世界の平和を祈るよりも、身の丈に合った信仰として日本人に根づいたのではないだろうか。


 「縁」を感じてくれれば

 食べ物を粗末にするなと言われたときに、アフリカの飢餓やコンビニの廃棄物という文脈から感情を組み立てて理解するのは、子どもたちにとっては難しい。神社できちんとお参りしろと大人に言われただけでは、心がこもった参拝はなかなかできないだろう。そんなとき、かまどで炊いたご飯をわくわくしながら味わう体験をすれば、祖先の時代から米を大切にしてきた日本人の気持ちが素直に伝わっていくのではないだろうか。豊かな実りを与えてくれた日本の自然、米を作ってくれた農家の方、おいしくしなるよう心をこめてご飯を炊いてくれた人や、そのための器や道具を作ってくれた職人さんら、多くのものごとがひとつながりになって、茶碗一杯のご飯がある。そのことへの感謝が、祈る気持ちを生むのだと思う。

 そうしたつながりを表現するものとして、日本には「縁」という言葉がある。「縁」は知らないうちにインストールされているソフトウエアのようなもので、いつのまにか人と人、人と自然、ものやことを結びつけていく。それは生きていくための知恵でもあるはずだ。子どもたちにとって、かまど炊きのご飯が「縁」を体験する小さなきっかけとなってくれたら、とてもうれしい。彼らがこの「縁」というソフトウエアを使いこなして生きていってくれれば、未来はそれほど悪くないと思う。


■心游舎 「伝統文化がもっと身近な暮らしの中に生き続けていける土壌を作りたい」という彬子女王殿下の思いに共鳴した有志により、2012年に設立された。ワークショップなどを通じて、子どもたちに日本の文化に触れる上質な機会を提供している。これまでに出雲大社でのキャンプ、神田明神での辞書引き学習、石清水八幡宮での御花神饌(おはなしんせん)づくりなど多くのプログラムが行われている。


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2015.12.04
SANKEI EXPRESS 掲載