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Beatニッポン「けがれなき神聖なる白 伊勢神宮」

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伊勢神宮は、僕にとって少し特別な場所だ。無理やりでも時間を作って、年に数回は訪れる。お社と森と川が一体となった神宮の空間を歩くうちに、五感がチューニングされ始める。「美しいというのはこういうことだった」と思い出し、自分でも気づいていなかったブレが修正される。先日訪れた際に、外宮で売っていた鈴守が目についた。勾玉(まがたま)形のフォルムがかわいらしく、さわるとふんわりと柔らかい。白、朱色、紫色があったが、迷わず白を手に取った。


 遷宮の「お白石持ち」

白という色は、けがれのない神聖な色であり、飾らない質素な色である。しかし光を反射して輝く色でもある。鈴守を手にしながら思い出す僕の「白」は、正殿のある御敷地(みしきち)に敷きつめられたお白石(しらいし)であり、真新しい正殿の、日の光に輝く檜の肌だ。
お白石は20年に一度行われる遷宮の際に新しい石と入れ替えられ、新しい石を運び入れるのは地元の人々を中心とした奉献団の務めとされている。これは「お白石持ち行事」と呼ばれ、行事そのものが無形文化財に指定されている。ふだんは入ることのできない伊勢神宮の正殿を間近に見ることのできる唯一の機会であり、毎回、参加希望者が後を絶たない。

 ご縁があって、僕は2013(平成25)年のお白石持ち行事に参加させていただいた。数年かけて集められたお白石を、川ぞりに載せて引きながら五十鈴川を上る。川底は意外に深く、流れに逆らいながらそりを引くのは思ったよりも重労働だ。苛烈な日差しでもうろうとし始めた意識の中、宇治橋にたどり着き、「エンヤ曳き」で声を出す。宮域に入り、おはらいを受ける。白い布の中に数個の石を持ち、1つ2つと垣を越え、ふだんは立ち入ることのできない3つめ、4つめの垣を越える。目の前に現れた正殿の神々しさは言葉を超えていた。炎天に焼かれた疲労は瞬時に消え去った。

 御敷地の空間に満ちる、樹皮をはがされた檜の香り。川に洗われた石英質の白い石が夏の強い光をはね返し、正殿を照らしている。千木や鰹木にほどこされた金がまばゆく光る。陽の白光と金の飾りをまとい、真新しい白木のお社は黄金色に輝くようだった。樹齢200年の木々を使った材はどれもたっぷりと太く立派で、お社に組まれたあとも呼吸をしながら香気を放っているようだ。正殿の柱は、礎石をおかずに土の中に直接立てる。山から切り出された大檜は、御敷地の土からじかに立つことで、お社とともに再生するのかもしれない。この場に居合わせたことで、20年ごとに再生される意味というのがおぼろげながら体感できた気がした。


 再生されるシステム

 遷宮によってお宮は再生されるが、むしろ重要なのは人々の信仰が更新され、再生されることなのかもしれない。伊勢市民であれば、子どもものときからお白石持ちに参加することもあるだろう。最初は親と一緒に綱を引き、次は青年として綱を引き、さらに20年たてば自分が親となって綱を引く。やがて、息子や孫が引く姿を遠くから見ることになるかもしれない。自分たちは老いていくが、神宮はよみがえる。遷宮とは、人びとのライフサイクルの中に、再生した神宮の姿が組み込まれていくシステムなのだ。

お社は記録に残るだけでこれまでに62回再生された。だが、その62回は決して同じではない。打ち寄せる波にひとつとして同じものがないように、20年という波動で繰り返される営みは、前回の単なるコピーにはなり得ない。関わる人々が更新され、使われる木々の材が更新され、毎回新たな、その時限りの遷宮となるのだと思う。

 1300年のあいだには、応仁の乱による混乱で120年余り遷宮が途絶えた時期もある。神宮背後の広大な鎮守の森も、江戸時代後期には資源枯渇で荒廃した。あらゆる変化を受け止めながら、遷宮は続いてきたのだ。そのたびごとに、職人たちは一期一会の丹精を込めて神宝の太刀を作り、くらを作り、檜をひいてお社を組んだことだろう。そしてその仕事に、多くの人が心を動かされてきたのだと思う。そのことが、地下水脈のように神宮の土の下に流れている。日本のものづくりはすばらしく、時を超える力を持つ。僕が伊勢神宮にひかれるのは、それをとてもシンプルにわからせてくれるからだ。
 手元の白い勾玉形のお守りは、いつでも神宮の空気を思い出させてくれる。お守りこそは平安貴族の懸守(かけまもり)から始まって今に至る、庶民が持てるタイムレスなものの代表かもしれない。手に取りやすいことも、ちょっとしたお土産に最適なことも、すべてとても良くできている。こんな風に軽々と時空を超えてなお魅力的なもの。それを探しながら、僕はこれからも旅を続けていきたい。


■伊勢神宮 三重県伊勢市にある最古の神社の一つ。天照大神(内宮)と豊受大神(外宮)を祭神とし、およそ2000年の歴史を持つ。社を新しく建て替えご神体を移すことを遷宮といい、持統天皇4(690年)が第1回とされる。その後、延喜式(927年制定)により、遷宮は20年に一度行うよう正式に定められ、現在に至る。伊勢神宮は古代より日本人の信仰の原点として親しまれ、江戸の天保元(1830)年には1年で450万人が参拝した記録があり、これは人口に対する比率で現在の東京ディズニーランドの入場者数に相当する規模になる。


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2016.03.04
SANKEI EXPRESS 掲載