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Beatニッポン「伝統守りながら「今」伝える ライカのカメラ」

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 写真を撮るという行為に以前よりも惹(ひ)かれるようになった。それは、仕事の旅の道連れに縁あってライカを持つようになったからだ。僕も多くのみなさんと同じようにiphoneでも写真を撮るが、それは写真を撮るというよりメモを取るみたいな感覚に近い。この行為とは別の感覚、記憶に刻みたいものと出会ったときに、ライカのシャッターを切る。1カットずつ丁寧に、記録ではなく、記憶として残すために。

 僕の周辺のライカユーザーたちに以前から「ライカで撮ると、気づきがある」と口をそろえて言われていた。しかしライカは気軽に手に取る対象ではないし、正直、その価値を計りかねていた。一方で物としての美しさには惹かれるものがあった。姿の美しさは言うまでもないし、カメラの歴史を作り、名だたる写真家が愛用したことで知られるブランドだ。いろいろなタイミングが重なり、半年前にライカを手にした。同時に購入したレンズはズマロン35ミリ。小さい割にずしりと重く、ファインダーをのぞいてピントを合わせるのにひと手間かかる。シャッターを押すと、耳元でつつましやかな軽い音がする。


 熱量や「気配」を写し撮る

 買ったばかりの頃、旅先でふと目の前の田んぼがきれいだと思い、シャッターを切った。撮れた写真を見て驚いた。それは記憶の中の風景というか、心象風景のような雰囲気の画像で、撮影したときには気づかなかった何かの「気配」がそこにあった。

 田んぼの中央がふわりと明るい。フレームに向かって徐々に光が落ち、稲の緑がそこに向かってやわらかなグラデーションを見せる。奥の山では木々が深緑の葉をうっそうと茂らせ、夏に向かう里山の湿度を含んだ空気が映り込んでいる。あぜの草いきれ、水のにおい。長いあいだ忘れていたが、この感じを昔から知っているような。現実だが、夢のような。ごくありふれた田舎の田んぼが、心象風景のように迫ってくる感覚があった。

 フレーム周辺が暗くなるのはフィルム時代のカメラにはよく見られた現象で、ライカ特有のものではない。しかし、暗部へ至る色の階調の豊かさや美しさはすばらしく、ドラマチックな映画のように撮れるのはライカならではだと思う。職人の工房でもパリでも、ものの質感やその空間が持つ熱量みたいなものを写し撮ってくれる。ライカが単なるラグジュアリーブランドではないことを、実感している。


 時空超える職人の思い

 ライカにはレンズに強いこだわりがあり、各シリーズにエルマー、ズミクロンなど固有の名前をつけている。ズマロン35ミリは1946年から60年代にかけて製造されたもので、半世紀も前のレンズを今のデジタルのボディーにつけることができ、ボディー1台を手に入れれば、使えるレンズは時代を超えて無数にある。レンズの製造工程も、昔ながらの方法にこだわっている。100個ほどになるパーツを組み立てる多くの工程が、今も人の手で行われている。それを知ったとき、僕の中でいろいろなことが腑に落ちた。

 僕が使っているレンズは、敗戦間もないドイツで職人たちの手によって作られた。当時のライカは、35ミリのフィルムを使った世界初の小型カメラのメーカーとしてすでに不動の評価を得ていた。カメラマンはライカを手に戦場を走り、歴史に残る報道写真が次々に生まれ、写真は世界の「今」を伝え、それを問いかけ、人々の記憶に刻まれていった。戦火に焼かれた街の中でライカのレンズを作ることは、彼らの誇りを保つ因(よすが)だったに違いない。職人たちのその思いが、時空を超えて写真に気配を残すのではないだろうか。

 ライカ以前、写真は運ぶだけでも大変な大きな写真機で、写真館で数十分もかけて撮るものだった。ライカ以降、写真は「小さなカメラで、どこでも撮ることができるもの」となった。ライカは写真の新しいスタイルを定義したのだ。あらゆるものが被写体となり、アートになる。写真は時代を映し、後世に問いかける。世界はライカによって、写真という方法に気づいたのだと思う。

 デジタルが主流になった今も、ライカは時代に寄り添いながら100年の伝統の中で残すべきものを守っている。自分の仕事も、そうありたい。時代に寄り添いつつ、伝統を新しいスタイルとして再定義することで、その魅力と価値に気づいてもらう。それが僕のやるべきことだと、ライカは指針を示してくれる。

 今年も旅先で幾度となくシャッターを切ることになるだろう。10年後、その写真を見るたびに、稚拙な技術を恥ずかしく思いながらも、旅の記憶に触れられることが今から楽しみで仕方ない。


■ライカ カメラだけでなく、顕微鏡や双眼鏡、レーザー距離計など、幅広い光学機器を手がけるドイツのメーカー。1914年、前身であるエルンスト・ライツ社の技術者、オスカー・バルナックが、精密なレンズの性能を生かして小さなフィルムに写した画像を印画紙を使って引き伸ばす発想を得て、世界初の35ミリフィルムによる小型カメラ「ウル・ライカ」を発明、その後のカメラのスタイルを決定づけた。ライカのカメラは、ロバート・キャパやカルティエ=ブレッソン、日本では木村伊兵衛、土門拳、荒木経惟ら著名な写真家が愛用したことでも知られる。


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2016.01.08
SANKEI EXPRESS 掲載